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2023

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galerie H

​個展「袋を積む」​

2023.6.18(Sun.) - 7.1(Sat.)

「袋を積む」会場配布テキスト ここ数年は時間について考えながら作品を作っている。 何かを積むという造形行為のなかでも最も単純な方法は蓄積された時間・行為の記録ともいえる。 2、3月に研修という形で海外に行きひたすら観たいものを観にいったのだが、積まれて生まれた造形物とそこにかけられた人間の時間に想いを巡らす。 人生をかけて一人で作られた石積みの城 / 突貫で作られたため崩壊する煉瓦積みの城 / 日々住民が積みあげ高くなるゴミ袋の山 パリに到着した3月8日は年金制度についてのストライキが行われていた。到着早々に駅が封鎖され仕方なく徒歩移動すると街中では破られたガラスが散乱し、遠くでは火の手が見えるなど初日の夜はスト行為が激しかったが、以降滞在中に街中で暴動に遭遇することはなかった。 ただ、最初は気づかなかったが、日に日に街にゴミ袋が増えていっている。 ゴミ収集業者のストライキによって街中に設置されているゴミ箱にゴミが収まらなくなり、路上に黒いゴミ袋が積まれていった。 帰国後もさらに積み上がるゴミ袋の様子はSNSで拡散され、時間と共に意思や不満が増幅していくことが可視化されているようだ。 現地にいたら、異臭や鼠など衛生面の問題に直面しそれどころではないだろう。 山積みにされたゴミ袋が放火されたことは帰国して間も無くニュースで知った。 事の発生時に現地で見たものが、その後は海を隔てた遠い地からにおいも触感も感じられない画面越しに、人々の抗議の産物としてリアルタイムに造形が膨れていく。 幾許か生々しさが排除された「積まれていく袋」は時間と共に立ち上がる造形物として魅力を感じ、背景にある諸問題を忘れていることに罪悪感を感じた。 実物(とそれを取り巻く環境)と画面を通したつるりとした視覚情報との差は、「彫刻」を作る時に感じるホンモノへの届かなさを思い起こす。 この届かなさはいつも苦手で、届かせようとすることも必要がないと思うこともある。 でも、石ころやもたれかかる袋の重みを下から上に表面を辿って彫ることはできた。 遠回りだが、一つ一つの具体的な形を積み上げて、行為と時間を積むことは届かなさの一端を埋める一つの手段にはなるかもしれない。 木村桃子

Photo:Comura Mai

​アートギャラリーミヤウチ​

あたらしい場所

2023.4.27(Thu.)-7.2(Sun.)

​飯川雄大、木村桃子、黒田大スケ、津川奈菜、友定睦、西松秀祐、野村由香、三ツ谷麻野、矢野恵利子

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Photo: Nozomi Tomoeda
Courtesy of Art Gallery Miyauchi
​広島シネマ星図

《港劇場》《松原館》《鯉城館》は昭和20年に実際に広島で開館していた映画館の名前です。 当時市内には17館の映画館がありましたが、昭和20年の原爆投下により、宇品に位置した港劇場を除いた16館は消失しました。 広島の街の復興において早い段階から興行施設も続々と再建され、昭和21年には新しく映画館が4館が建ち、(上半期に太陽館、広島劇場、國際映画劇場、福屋名画劇場)、翌年の昭和22年の地図には残った港劇場を含む11館が掲載されていました。終戦から10年ほど経った昭和32年には映画館数は広島市で60館にも及びました。(参考:『ひろしまと映画』広島県興行組合/編 広島県興行組合 1957年) 当時の広島の復興において娯楽・文化がどれほど求められていたかがこの記録から読み取れます。 展示中の石膏でつくられた本作《港劇場》《松原館》《鯉城館》《ラッキー劇場》は消えてしまった映画館の名前や場所を、当時の広島の地図や写真をもとに探し、架空の星座として再びそれぞれの位置関係を結んだ作品です。 これらの位置関係は、地図の真上から見たのではなく、東京から広島の方角を向いた時の目線であり、それは皮肉にもエノラゲイが原爆を投下した時の機体の向きに重なりました。 これまで地理的にも時間的にも遠い存在と感じていた広島の歴史について、東京から映画等のメディアを通した情報から俯瞰していた作者自身の視点であるともいえます。 2023年6月 木村桃子

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